日本のワインづくり140年の系譜

片丘の新ヴィンヤードがめざす、
ブドウ栽培の新たな一歩。

Introduction

長野県塩尻市片丘地区。日本のワインづくりが140年を迎えた、この記念すべき年に、
シャトー・メルシャンは、この地に約9haの圃場を開き、自社管理によるブドウ栽培を本格的にスタートする。
シャトー・メルシャンは土地の風土、“テロワール”を活かしたワインづくりに挑み続けている。
この新しいヴィンヤードをこれからどのように育てていくのか、
ゼネラル・マネージャー松尾弘則とヴィンヤード・マネージャー勝野泰朗に話を聞いた。

片丘の風土に根ざして

塩尻市の北東側に位置する標高約800m の緩やかな西向きの傾斜地。ここに立つと、塩尻市街はもとより、桔梗ヶ原一帯、その遠景に北アルプス連峰が一望できる。このあたりの年間降雨量は約1000~1200mm。日照量が豊富で、比較的強い風が吹き抜け、風通しがいい。土壌は石を多く含む礫質土。作土層は比較的薄く、その下に多量の礫を抱えており、場所によって表土に黒ボク土を含むところもある。

ここ片丘地区との出会いを、松尾は、こう話す。

「2014 年頃、新しい圃場にするための土地を探していましたが、当初紹介されていた候補地が場所諸事情で頓挫し、傷心していました。その時、地元の方から紹介されたのが片丘地区でした。忘れもしない7 月24 日、初めてこの場所を訪れた時、その景観の素晴らしさ、土地の良さに感動しました。“ここならうまくいく!“そう確信し、ぜひ開園したいと思いました」

塩尻は、メルローの銘醸地・桔梗ヶ原をはじめ、岩垂原など、複数の醸造用ブドウの産地があることで知られる。だが、標高800m の高地でのブドウ栽培は、シャトー・メルシャンにとって初めての試み。

勝野は、どう考えているのか。

「ブドウ栽培にしてはかなり標高が高い。でも、緩やかな斜面に位置するので、常に空気の対流が起こり、冷気がこもらない。平野部より凍害は少ないのではないかと考えています。ブドウ特有の病害虫についても、もともとブドウの産地ではないので、しばらくは大丈夫だと思います。」

松尾も期待を込めて、こう話す。

「標高800m という初めてのエリアで、いろいろ困難に直面するかもしれませんが、一つ一つ乗り越えていきたい。気象データや土壌についても桔梗ヶ原と違いがあるのと思うので、きっと異なる特性を持ったブドウが実るのではないかと、今から期待しています」

標高が高い分、桔梗ヶ原よりも収穫時期は少し遅くなると、勝野は予想する。

「ちょうど桔梗ヶ原の収穫が終わった頃が片丘の収穫期になると思います。順調に育てば、今年植えた樹が最初に実をつけるのは、おそらく3年後。2020 年に初めての収穫を迎えます。その日が今から待ち遠しい」

テロワールを活かしたワインとして

片丘地区の圃場は、北熊井地区と南内田地区を合わせて約9ha もの栽培地を確保しているが、大規模な造成を行うことなく、できるだけ土地そのままの姿を活かした圃場づくりをめざす。

まずは、そのうちの約3ha に9000 本のブドウ樹を植樹すると、勝野は話す。

「メルローを主体に、一部カベルネ・フランを植えますが、より標高の高い圃場で、他の品種にも挑戦したいと思います。この地区でどのような品種のブドウがうまく育つのか。もちろん初めての圃場なので、目指すスタイルがあるわけではありませんが、日々、ブドウと向き合い、試行錯誤しながら、この土地に合う、テロワールを表現できるようなブドウを育てていきたいと思っています。ワインを長年にわたって醸造しながら、“片丘のワインって、こういう感じだよね”というものが表現できるようになるのが理想。例えば、メルローの銘醸地である桔梗ヶ原地区と同じ品種構成で、同じ人間が栽培・醸造を行い、特徴の異なる2つのワインが醸せたら最高ですね」

地域とともに育っていく

松尾には、印象に残っている出来事がある。

「植樹作業をしている時に、圃場の地権者の方がお孫さんと一緒にいらしたんです。“私たちにも苗を植えさせてください”とおっしゃるので、喜んで植えていただいた。その時、この畑は石が多くて非常に苦労したという話をされて、“自分で植えた、この3列目と4列目のブドウの樹の成長を楽しみに、時々見に来ます”と、そうおっしゃったんです。その言葉を聞いて、地元の方の期待を感じ、身の引き締まる思いでした。この土地を立派な銘醸地に育てなければと、決意を新たにしました」

信州を代表するワイン産地である塩尻市には、全国でも珍しいワイン醸造に取り組む塩尻志学館高等学校があり、シャトー・メルシャンは、塩尻市を立会人として産学連携事業協定を結んでいる。

勝野は、こうしたつながりを通じて地域との絆を深めていきたいという。

「ブドウ栽培の実習の一環として、生徒さんに苗木の植樹にご協力いただきましたが、今後もさまざまな作業を通じて、地域とのつながりを大切にしていきたい。地域と一緒になって、塩尻全体がワイン産地として面白い場所になれるよう、近隣の同業の方たちとも情報交換しながら、切磋琢磨していければと思います」

ブドウ栽培の先にあるさまざまな可能性についても、松尾は思いを巡らす。

「恒久的なブドウ栽培を通じてワインの銘醸地として育て上げるだけでなく、圃場をプラットホームとして多くの人の注目を集め、実際に片丘を訪れてもらうなど、この地のワイン産業や観光産業に貢献できればと考えています」

さらなる飛躍のために

1877 年、シャトー・メルシャンのルーツである大日本山梨葡萄酒会社が設立され、二人の青年がブドウ栽培・ワイン醸造を学びに渡仏して140 年。そして、ここ塩尻の地で欧州系品種のメルローの栽培が本格的にスタートして40 数年。美味しいワインになるブドウが安定して実るまでに約10 年を要するとすれば、日本ワインの歩みはまだ歩き始めたばかりだと、勝野はいう。

「先人たちが培ってきた日本ワインへの想いを受け継ぎ、今の世代として一つステップアップし、さらにそれを次の世代にいい形でつないでいけるよう、心して取り組んでいきたいと思います」

国内のワイン市場が拡大し、日常的な飲み物としてワインが定着しつつある一方、国産ブドウ100%で造る「日本ワイン」は規模としてはまだ小さい。だが醸造設備の充実や造り手の技術向上で品質が上がり、海外のコンクールで評価される優れたワインが次々と誕生している。黎明期から日本のワイン造りを牽引してきたシャトー・メルシャンは、「はじめに、ブドウありき」と掲げ、その土地に合ったブドウ品種を栽培し、土地の個性を大切にすることで、日本人の味覚に合う、エレガントで優美、かつ繊細な味わいの「フィネス&エレガンス」をコンセプトとしたワイン造りに取り組んできた。

日本ワインの良さを伝えていくために、一人でも多くの人にワインを届けられるようにしたい、そう松尾は意気込む。

「海外でたくさん賞をいただいていますが、より多くの人に味わっていただくためには、まだ十分な本数に足りていないのも事実。シャトー・メルシャンは、2027 年までに60ha の植栽を目指しており、これらのブドウが育ち、良質のブドウが実るようになれば、日本のお客様だけでなく、広く世界の人々にも楽しんでいただけるようになります。そうなって初めて、日本ワインの良さを世界に伝えることができると思います」

日本のワインづくり140 年という節目の年に、シャトー・メルシャンが片丘地区で新たな一歩を踏み出したことーその意義は、日本ワインの未来にとって限りなく大きい。

Profile

ゼネラル・マネージャー 松尾弘則

86年入社後、メルシャンのワイン造りの現場である藤沢工場を皮切りに、中央研究所、酒類技術センターで経験を積む。94年からアメリカのマーカム・ヴィンヤーズに駐在し、帰国後はシャトー・メルシャン製造課、品質管理部長を歴任し一貫してワイン造りに関わってきた。2014年4月からシャトー・メルシャン全体を統括するゼネラル・マネージャーに就任。デイリーワイン、輸入ワイン、ファインワインでの多様な業務経験、知見を活かし、『シャトー・メルシャン』でのワイン造りに想いを注ぐ。

Profile

ヴィンヤード・マネージャー 勝野泰朗

2000年入社。ボルドー及びブルゴーニュでの研修を経て、2013年、ボルドー大学でのDNO(フランス国家認定ワイン醸造士・エノログ)の資格を得て帰国。『シャトー・メルシャン』配属後、栽培と醸造の両方の経験を持つ貴重な存在として活躍する。ブドウ及びワインに対する鋭い観察眼とその対応能力には、チームの高い評価と信頼がよせられている。