日本のワインづくり140年の系譜

ワイン造りの歩み、
そして、日本ワインの未来へ。

Introduction

かつて2人の青年がワインの本場フランスへ渡り、
ブドウ栽培とワイン醸造を学んだことから始まった、日本ワインの歩み。
彼らがその生涯をかけて育んだワインづくりのシーズは、
やがてシャトー・メルシャンへと受け継がれ、
長い年月を経た今、さまざまなかたちで実を結び、
日本ワインをこれまでになく豊潤なものへと導いている。
時と自然という抗いがたいものと向き合いながら、
真摯にワインづくりに取り組んできた造り手が語る、想いに溢れた言葉。
その奥に宿る魂の声に耳を澄ましながら、日本のワインづくりの軌跡を辿った。

日本ワイン源流の地で

日本で最初の民間ワイン会社「大日本山梨葡萄酒会社」が誕生した、甲州勝沼。
甲府盆地においてブドウ栽培が始まった地とされ、ここからワインづくりの未来を背負った2人の青年がフランスへと旅立った、いわば日本ワイン源流の地といえる。

ここは、日本固有のブドウ品種「甲州」発祥の地であり、シャトー・メルシャンが「甲州」を用いた高品質のワインを造るために早くから畑指定を行った土地でもある。

ゼネラル・マネージャー松尾弘則がシャトー・メルシャンでのキャリアを、この地でスタートしたのは、1991年。当時を振り返り、最も心に刻まれているのが「甲州小樽仕込み」だという。

「初めてシャトー・メルシャンに赴任したのが、夏。その年の秋の仕込みで樽発酵を5樽仕込みました。そのうちの4樽は、当時の先輩が北信のシャルドネを試し、残りの1樽を私が甲州で仕込みました。とてもいいものができて、自分としてもこれで感触をつかむことができた。翌年、樽数を増やして製品化につながりました。当時、フレッシュタイプの甘口と辛口はありましたが、熟成タイプは甘口しかなく、辛口が加わったことで、テーブルワインとしてラインナップが揃いました」

「甲州」は繊細なブドウ。甘口にすればそれなりのボディ感が出るが、辛口にした場合、どこか物足りなさを感じる。

「フレッシュタイプの辛口については、シュール・リー製法で酵母が持つ成分をワイン中に溶け込ませることで味わいが完成しました。熟成タイプは、樽の中でゆっくりと熟成させることで辛口の味わいを付与し、いいワインにしようと考えました。当時は醸造設備が整っておらず、すべてが手探り。特に樽内のもろみの温度コントロールに苦労しました」

1991年に1樽だった熟成タイプの辛口を1992年には20樽、さらに1993年には30種類の酵母を取り寄せ、1樽ごとに酵母を変えるチャレンジに取り組み、甲州ブドウの持つ果実味と樽の香味を併せ持ったバランスの良いワインとして育てていった。

経験の蓄積がもたらすもの

「甲州」は日本固有で、勝沼を代表するブドウ品種。そのポテンシャルを引き出すため、さまざまな可能性を探り、常にブラッシュアップを意識しながらワインづくりに取り組んできたと、松尾は力を込める。

「私たちは年に一度、秋の仕込みでしか、結果を残すことができません。だからこそ、発酵容器ごとにテーマを持って造り分けるよう言われてきました。100トンのブドウがあれば、10トンずつ10通りの仕込みをすることで、10年分の経験が1年でできる。酵母を変え、搾り方を変え、異なる仕込みを試行錯誤することで経験を重ね、得られる知見を蓄積することが、より良いワイン造りにつながるのです」

ワインづくりの羅針盤となった、“フィネス=調和”という言葉

今、ワインづくりは土地の風土、“テロワール”を活かす方向へと進む。

「山梨県内で広く栽培される甲州ブドウは、産地ごとに味わいが異なります。その特性を表現したワインづくりをしたい。でも特性は、今年仕込んだからといってすぐにわかるものではありません。同じ産地・同じブドウでも、年によって変わる。長い経験を積む中で、産地の特徴が見えてくるのです。山梨や勝沼というテロワールをさらに細分化し、それぞれの地域・地区ごとの多彩なテロワールを活かしたワインづくりを目指していきたいと思います」

シャトー・メルシャンのワインづくりの方向性を示唆した一つの言葉がある。“フィネス=調和”。これは、ある人物との出会いがもたらした。 その人物とは、シャトー・マルゴーの最高醸造責任者・故ポール・ポンタリエ氏。桔梗ヶ原が世界的に名高いメルローの産地として飛躍するためのきっかけを与えてくれた人物である。松尾は、その経緯をこう話す。

「桔梗ヶ原がメルローの栽培に乗り出したのは1976年。私が仕込みの統括を任されたのは1998年でした。その年は雨が多く、桔梗ヶ原のメルローも厳しい状況で、産地から寄せられるブドウのコンディションも、いいニュースはありませんでした。当時、“桔梗ヶ原メルロー”がフラッグシップボトルだったので、どんな状況にあっても、最善を尽くそうと。造り手としてはワイナリーでブドウを待っているのではなく、圃場に出向いて健全なブドウを選りすぐって収穫しようと考え、実行しました。この時から、圃場に対して一歩踏み込んで関わる流れができたと思います」

その後、桔梗ヶ原のメルローは、視察に訪れたポンタリエ氏によって、その潜在力が高く評価され、さらに氏の助言で、1999年から垣根栽培の採用、キャノピーマネジメントなどの栽培管理、房と果粒の二段階選果を導入したことで、ワインの品質がさらに上がり、世界的な産地として飛躍していく。ポンタリエ氏は、グランヴァン(偉大なワイン)を日本庭園に例え、何かが特出するのではなく、すべてが共に複雑で深み・調和(=フィネス)を持って、そこにあるとし、日本のワインは歴史が浅くても洗練と調和の感覚を持っており、高品質なワインを生み出す可能性があるとした。このポンタリエ氏との出会いが、シャトー・メルシャンのワインづくりの方向性を決定づけ、彼の「フィネス」という言葉が、その後のワインづくりのコンセプト「フィネス&エレガンス(調和のとれた上品な味わい)」にも刻まれた。

メルシャンが挑む、新たな挑戦

シャトー・メルシャンが新たな試みとして挑戦したのが、スパークリングワイン「日本のあわ メトード・トラディショネル 2013」である。2013年に収穫したシャルドネと甲州を使って、従来のようなカーボネーション(炭酸ガス注入)によるボトリングではなく、瓶内で二次発酵を行う本格的なトラディショナル方式での仕込みに挑戦している。

「ワインメーカーの一人がフランスのシャンパーニュ地方へ視察研修に赴き、製造法とポリシーを学んできました。それをもとに、2013年から仕込みに着手しましたが、すべてが初めてで試行錯誤の繰り返し。苦労しました。工程が複雑で専用設備がないことから、マンパワーを駆使してスタッフ一同で対応し、発酵後、シャトーの地下セラーで3年寝かせました。ナッツのような熟成香ときめ細かな泡、パンやイーストのような味わいが楽しめると思います」

メルシャンがめざすもの

かつてワインは、私たち日本人の暮らしから少し遠いところに存在するものだった。だが今や、コンビニでも買えるようになり、私たちの日々の食の中に自然に溶け込んでいる。 松尾は、ワインの前のめりの浸透には不安を覚えながらも、この傾向はまだ続くと考える。

「日本ワインは一人当たりでいうと、3ヶ月に1本しか飲まれていません。ワイン全体として伸びる可能性はある。あまり急激に伸びてほしくありませんが、より身近なものとして飲まれるようになっていくはずです。」

「欧米化が進んでいるとはいえ、日本人の食の基本は和食。そういう日本の食に合う繊細な味わいの日本ワインこそ、これから伸びていくでしょう。そうした時に、私たち造り手に求められるのは、日本ワインを供給するための原料の確保です。新しい産地を拓き、それぞれの土地の特性を活かしたワインをつくって、気軽にお客様に楽しんでいただけるようにしていく。それがワインづくりに携わるものの使命だと思います」

これから、私たちの暮らしの中に、日本ワインはどのような形で根づいていくのだろうか。ワインとは農産物であり、ワインづくりは自然と向き合いながら、たゆまぬ努力の上にようやく実を結ぶものである。これまでのひたむきな歩みの先に未来が拓けるとすれば、ここから始まる日本ワインの次のステージは、きっと実り豊かなものになることだろう。

Profile

ゼネラル・マネージャー 松尾弘則

86年入社後、メルシャンのワイン造りの現場である藤沢工場を皮切りに、中央研究所、酒類技術センターで経験を積む。94年からアメリカのマーカム・ヴィンヤーズに駐在し、帰国後はシャトー・メルシャン製造課、品質管理部長を歴任し一貫してワイン造りに関わってきた。2014年4月からシャトー・メルシャン全体を統括するゼネラル・マネージャーに就任。デイリーワイン、輸入ワイン、ファインワインでの多様な業務経験、知見を活かし、『シャトー・メルシャン』でのワイン造りに想いを注ぐ。