桔梗ヶ原メルロー30年の軌跡〜飽くなき挑戦が拓いた、世界への道のり〜 桔梗ヶ原メルロー30年の軌跡〜飽くなき挑戦が拓いた、世界への道のり〜

桔梗ヶ原メルローは、
日本にとって特別な意味を持つワインといえる。
1989年—国際的に権威ある
第35回リュブリアーナ国際ワインコンクールで、
「信州桔梗ヶ原メルロー1985」が大金賞を受賞。
日本のワイン界にとって大きな転機となった記念すべき一本となった。
30年に及ぶ、その歴史を振り返る時、
そこには日本のワインが世界へと羽ばたくきっかけとなった
重要なキーマンとの出会い・関わりが見えてくる。
桔梗ヶ原メルローの成長と共に同じ時間軸を生き、
自身も深くそこに関わってきた日本ワインの立役者、
藤野勝久氏と共に、その歩みを辿る。

藤野 勝久

メルシャン株式会社 ワイン営業部企画グループ
日本ワイナリー協会 参与、エノログ(ワイン醸造技術管理士:一般社団法人葡萄酒技術研究会認定)、シニアワインアドバイザー(一般社団法人 日本ソムリエ協会認定)、日本ワインコンクール、レ・シタデル・デュ・ヴァン(国際ワインコンクール)審査員 など

Stage0

苦渋の決断で、メルロー栽培の道へ苦渋の決断で、
メルロー栽培の道へ

松本盆地の南端に位置する桔梗ヶ原地区は、奈良井川と田川にはさまれた扇状地にあたり、礫層の上に火山灰層が堆積したため、水はけに優れる。加えて、標高が平均700mで9〜10月の昼夜の寒暖差が大きいことから、良質なブドウの産地として、その歴史は長い。

明治から昭和の中期に甘味果実酒用ブドウ品種のコンコードやナイアガラの一大産地となるも、甘味果実酒の消費減に伴い、本格的なワインを造るため、品種の変更を模索。“現代日本ワインの父”と称される故・浅井昭吾氏(※)が欧州系品種の導入を主張したのを機に、1976年、ワイン醸造用としてメルローの栽培をスタートする。

※浅井昭吾(麻井 宇介)/1930—2002年。東京工業大学工学部卒、大黒葡萄酒株式会社を経て、三楽オーシャン(現メルシャン株式会社)藤沢・勝沼工場長、理事を歴任。山梨県ワイン酒造組合会長。

証言/浅井工場長のもとで

勝沼工場(現シャトー・メルシャン)の工場長だった浅井さんは、本格的な欧州系醸造専用品種で闘わなければ将来はないという強い意志を持っていました。でも、果たして欧州系の品種が育つのか、メルロー1種に賭けていいものか、何の保証もない。栽培農家にとっても苦渋の選択だったでしょうし、その責任の重さを浅井さんはずっと背負っていたと思います。

Stage1

桔梗ヶ原、世界へ羽ばたく桔梗ヶ原、世界へ羽ばたく

桔梗ヶ原のメルローで仕込んだワインは当初、他品種とのブレンドだった。だが1985年の秋、優れたメルローが収穫される。毎年、学識経験者や著名レストランのソムリエを招いて開かれる「春の新酒を唎く会」でも高く評価されたことから、選りすぐりのロットについて単独の瓶詰めを決定。欧州系品種初のプレステージ赤ワイン「信州桔梗ヶ原メルロー1985」が1989年に誕生する。

その初リリース品が、スロヴェニア(旧ユーゴスラヴィア)の首都リュブリアーナで開かれる国際ワインコンクールにおいて、見事グランド・ゴールド・メダルを受賞。国内外に日本のワインの可能性を示す大きな一歩を刻んだ。更に1986年ヴィンテージも大金賞、続いて1997年ヴィンテージも金賞という快挙を成し遂げた。メルローへ切り替えて15年。決して平坦でなかったその道のりに、一筋の光明が差し込んだ。

証言/桔梗ヶ原メルローの値付け

「信州桔梗ヶ原メルロー1985」は、一本入りの木箱ケースで「8000円」という値付けをしました。ボルドーの高級ワインが1万円近くした時代。ブラインドでボルドーと比較しても見劣りしないという判断からです。

そして、一連の受賞で、メルローの可能性が拓けました。浅井さんは嬉しかったと思います。これで栽培農家に対して責任を果たせたと安堵したことでしょう。シャトー・メルシャンとしても、赤ワインの可能性を手にしたことで、その後のワイン造りに弾みがついたと思います。

Stage2

日本ワイン、新しい時代へ日本ワイン、新しい時代へ

1991年5月、パリのレストラン「ムーラン・ヴィラージュ」で開かれたグルメ誌「Gauit Millau」主催のブラインド・テイスティング。世界の名だたるソムリエと十数名の錚々たる専門家が集まる中、「信州桔梗ヶ原メルロー1985」は最高得点を獲得、その実力を証明した。

同じ年、アメリカのワイン専門誌「ワイン・スペクテイター」が世界のトップワイナリーを招待してニューヨークで開催する世界最大級のワイン・イベント「ニューヨーク・ワイン・エクスペリエンス」に、日本で唯一シャトー・メルシャンが招待される。世界屈指のテイスティングイベントに招かれる栄誉を得たことで、日本のワインは新しい時代を迎える。

証言/ボルドーでの日々

1992年から1994年末まで、ボルドーのシャトー・レイソンにいましたが、桔梗ヶ原メルローのことはいつも頭にありました。収穫量が増え、最も可能性を感じていたワインなので、世界的にどのレベルにあり、どういう可能性があるのかを見極めようと、後に世界最優秀ソムリエとなるフランス人ソムリエや、グラン・クリュのシャトーの造り手などに見せては、評価やアドバイスをもらっていました。

こうした出会いが桔梗ヶ原メルローのその後の推進力になった。その意味でも、極めてインターナショナルなワインだと思います。

Stage3

さらなる高みをめざしてさらなる高みをめざして

1998年、シャトーマルゴーの技術部長だったポール・ポンタリエ氏を醸造アドバイザーに迎える。

来日したポンタリエ氏は、桔梗ヶ原を視察、棚式の畑を見て、「品質を追求するなら、垣根式へ転換すべき」とアドバイス。これを受け、1999年より自主管理畑を設置、垣根式栽培をスタートする。棚式は落ち着きのある複雑な味わいとなる一方、垣根式は力強く凝縮感がある。この2つの方法で育てたブドウの特性を生かし、原酒をバランスよく組み合わせることで独自の深い味わいを生み出す。

世界レベルの味と香り豊かなワインを造るため、ブドウ自体の品質向上をめざし、収量制限、着果量や糖度の計測、2002年からは木桶発酵の導入、選果台の導入による不良果の徹底除去、そしてワイナリーのリニューアルなど、あらゆる策を講じていく。

証言/ポンタリエ氏との出会い

もともとポンタリエ氏の次男と私の長女が同じ私学に通う同級生で、PTAの関係で、知人に紹介して頂きました。そこでシャトー・マルゴーに「信州桔梗ヶ原メルロー1990」を持って会いに行ったのがきっかけです。そこから家族ぐるみのつき合いになりました。

本社から醸造アドバイザーになってもらうよう頼んでほしいといわれた時、無理だといいました。ダメ元でというので、マルゴーの事務所を訪ね、おずおずと切り出したところ、“いいよ”と(笑)。

おそらく「信州桔梗ヶ原メルロー1990」に、シャトー・メルシャンのワイン造りに対する気概を感じてもらえたのだと思います。

Stage4

フィネス&エレガンス、その新たなステージフィネス&エレガンス、
その新たなステージ

2010年代、世界のワインスタイルは、濃厚な力強さから、繊細さ・優雅さ・上品さを求める“フィネス、バランス、エレガンス”へと回帰していく。そうした潮流の変化をいち早く捉え、シャトー・メルシャンは2000年代はじめから、“フィネス&エレガンス”、つまり“調和のとれた上品な味わい”をめざし、産地のブドウの個性を生かす、やさしく丁寧な醸造によるワイン造りを心がけてきた。

その成功例が「桔梗ヶ原メルロー」であり、その挑戦は、新たなステージに向けて、これからも続く。

証言/フィネス&エレガンスの体現

ワインがエレガントかどうか、それが良いワインの判断基準だとポンタリエ氏はよくいいます。強さを卒業すると、エレガンスの価値がわかるようになる。それは子どもが大人になるようなものだと。

桔梗ヶ原メルローの軌跡を振り返ると、偶然か必然か、転換点には必ず重要な人物が関わっています。フランスの星付きレストランでオンメニューされたのも、出会いからつながったもの。決してワインだけの力ではなく、人に恵まれたと思います。ボルドーにいた頃、可能性は世界中どこも一緒だと実感しました。人と人のつながり。それがいちばん大きい。すべてはコミュニケーションなんです。もとを辿れば、浅井さんの言葉でメルローに変えていなければ、日本のワインも今のようにはなっていなかったでしょう。

桔梗ヶ原メルローは、人に恵まれ、時代に恵まれたワインだと思います。

桔梗ヶ原メルローの魅力〜特別な日の、特別な料理を楽しむワインとして〜桔梗ヶ原メルローの魅力〜特別な日の、特別な料理を楽しむワインとして〜

洗練を重ね、エレガントを極めた、その魅力洗練を重ね、エレガントを極めた、その魅力

桔梗ヶ原メルローは、30年に及ぶ歴史の中で、さまざまな取り組みを重ね、洗練さを極めてきました。

1985年に収穫された桔梗ヶ原メルローが、1989年の第35回リュブリアーナ国際ワインコンクールで大金賞を受賞したのが一つの転機で、日本でもいい赤ワインができるという可能性を示した最初のワインだったと思います。その後、1990年代後半を境に、当初の濃厚で力強い味わいから、上品で洗練されたエレガントな方向へと舵を切り、日本を代表する赤ワインとして世界レベルに達した今も進化し続けています。

いい赤ワインを造るのは、白ワイン以上に時間がかかります。白ワインは絞った果汁の品質ですが、赤ワインは種の品質も重要です。種の熟度、つまり種までしっかり熟しているかどうかが、長い間の熟成に影響するのです。瓶詰めまで1年半、そこからさらに出荷まで考えると、最低でも白ワインより1年以上もつき合いが長いので、せっかくいいブドウでも油断すれば、いいワインになりません。赤ワインはそれほどデリケートで、奥が深いのです。

だからこそ、桔梗ヶ原メルローが国際的に認められたことの意義は大きく、与えたインパクトも多大なのです。

料理の美味しさを引き出し、ハーモニーを奏でる料理の美味しさを引き出し、
ハーモニーを奏でる

メルローという品種は、ある意味、オールマイティーで、シャトー・ルパンなど、ブルゴーニュ的でエレガントな究極のワインができる一方、シャトー・ペトリュスのような男性的なものやボルドー左岸のグランクリエのような濃い味わいのものもできる可能性の広い品種です。桔梗ヶ原メルローの根底に流れるのは、“フィネス&エレガンス”というコンセプト。すべての要素があるけれども、そのどれもがバランス良く突出していない、そういう渾然一体とした“調和”を体現した高級赤ワインです。最新のヴィンテージ「桔梗ヶ原メルローシグナチャー2011」は青さがなく、果実香や味わいの凝縮感はあるけれども、滑らかでバランスがとれている。まさに“フィネス&エレガンス”を体現した味わい深いワインになっています。最低でも数年間、瓶熟成させてから飲んでほしい。いいワインとは、上質の食事と合わせた時にお互いが響き合い、それぞれの美味しさが共鳴しハーモニーを奏でる、そんなエレガントなワインです。桔梗ヶ原メルローは、そうしたハーモニーの中で、料理本来の美味しさを上手に引き出すポテンシャルを持っています。特別な記念日を演出できるような食事、例えば、上質な和牛ステーキなどと合わせるのがいい。きっととろけるようなハーモニーが楽しめると思います。そういう特別な料理と共に味わってほしいワインです。

「Tokyo Guest Bar」~シャトー・メルシャンの飲めるお店

『Château Mercian Tokyo Guest Bar(シャトー・メルシャン トーキョー・ゲスト・バル)』(東京・六本木)は『シャトー・メルシャン』 シリーズをはじめとした「フィネス&エレガンス」(調和のとれた上品な味わい)を追求してきた『シャトー・メルシャン』の魅力を体験できる 直営ワインバルです。

→詳しくはこちら

ヴィンテージ紹介

シャトー・メルシャン 桔梗ヶ原メルロー 2011年シャトー・メルシャン
桔梗ヶ原メルロー 2011年

1976年からメルローの植栽を始め、1985年産の初ヴィンテージの誕生以来、『桔梗ヶ原メルロー』は日本を代表する赤ワインの一つとして評価されてきました。華やかな香りが時間とともに広がり、繊細な味わいの中に厚みと力強さを感じさせるワインです。

受賞歴
  • 2015年リュブリアーナ国際ワインコンクール金賞
  • 2015年日本ワインコンクール 欧州系品種赤 金賞

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青さがなく、果実香や味わいの凝縮感はあるけれども、滑らかでバランスがとれた、まさに“フィネス&エレガンス”を体現した味わい深いワインになっています。

藤野