Makers
Vol.8大森ワインぶどう生産組合 大田 幹男
北の大地に根ざし、過酷な試練を乗り越え、世界が認める大森へ。
大森ワインロードと名付けられたなだらかな坂道を進む。途中、細いあぜ道を折れ、砂利の坂を上ると視界が開け、緩やかな傾斜地に並ぶブドウ棚が見えてくる。遥か対岸の斜面にはリンゴ畑、その先に連なる山々を一望する時、ここが盆地であることに改めて気づく。空に向けて開いた傾斜地。ここに育つ果樹は、太陽の光を存分に受け、その実一粒一粒に陽の恵みをたっぷりと閉じ込めて生長する。太陽と寒暖の差が育む糖度、そして芳醇な香り。大森のワインブドウに対する世界的に評価されつつある理由のすべてが、ここにある。
大森ワインぶどう生産組合 大田 幹男
長年の夢がある。それはリースリングの本場ドイツを訪れ、どんな育て方をしているのか、そのブドウはどんな味わいなのか、そしてドイツで飲まれているリースリングがどのようなワインになっているのか、生産者として比べてみたいという。だが、自身は下戸。一切飲めないので、ワイン会などの酒宴の場ではほとんどついでばかり、と笑う。
ワイン用ブドウ栽培への道
その土地に生まれるということは、ある種の“宿命”を負うことである。標高約120mの丘陵地に位置し、有数の豪雪地帯として知られる秋田県横手市大森地区。この地に根ざして生きる者にとって、秋の雨と冬の豪雪はまさに宿命であり、ここで果樹を栽培するということは、その過酷な定めと向き合うことを意味する。
今から40年程前、大森地区にワイン醸造用のブドウ栽培の話が持ち上がる。秋田では初めての試み。それだけに期待反面、不安も大きかった。1976年、試験栽培がスタート、1haにシャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・ブランといった品種が植えられた。1980年、初収穫。県の醸造試験所での試験醸造では一定の評価は得られたものの、シャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・ブランの栽培自体は苦戦を強いられる。
行き詰まった品種に対し、県の果樹試験場で栽培された白ワイン用の品種リースリングの醸造評価が良好だったことから、1982年、定植を開始。1986年には本格的な収穫が始まった。
転機
試験栽培が始まった当時、30代前半だった。興味はあったものの、米農家一筋で、果樹栽培の経験がなかったことから、仲間には加わらなかった。だが、成長する子供の姿に背中を押されるかたちで、葉タバコ生産者の畑だった土地を町から借り受け、栽培に乗り出す。「ちょうど35年前。冬場は出稼ぎをしていましたが、子どもが大きくなるに連れて、一生続けられないと考え、栽培に踏み切りました。」
リースリングはドイツで最も多く栽培される品種。雨の少ない、寒暖差のある地域に適しているが、秋田は雨が多い。「ブドウの花が咲くのは、例年6月20日頃で入梅の時期。雨にあたると病気になりやすく、房もきれいにできません。試行錯誤を繰り返し、栽培方法を改善しました。」
苗を植えて3年、初出荷を迎える。が、品質はワイン用として程遠いものだった。1993年、栽培面積・収穫量ともピークを迎えた大森地区は、バブル崩壊後、量から質への転換を図る。収量制限の導入。だが、それが大森にとって転機となっていく。
ブドウと向き合う日々
新梢になるブドウの房は摘房によって収量制限する。「枝の長さや太さにもよりますが、ならせて二房。三房残すことはまずない。ならせ過ぎは糖度や大きさに影響するからです。」
太陽光が当たるよう枝を誘引し、棚に固定する。除葉して房の周りの環境を整える。「房がつくと、実の反対側に必ず葉が出るので取り除きます。でも、早く取ると大きく育たない。要はタイミングです。」
地面に反射シートを敷く工夫は、リンゴ栽培の応用だった。「銀色のシートを敷いて太陽光を反射させ、下からあてるとリンゴの実が万遍なく色づく。これをブドウに応用すると、香り成分が出るようになりました。試験結果でも証明されています。」
陽の光を含め、自然環境をブドウにとって最高の状態にするよう、常に手をかける。それは、経験と感覚で探っていく世界でもある。
雪の試練
過去に二度、豪雪でブドウ棚が倒壊した。大森地区にとって大きな試練となったのは、10年前。「秋田の初雪は例年11月中旬ですが、その年はブドウの葉が落ち切っていない時期にドカ雪が降った。棚上に30センチくらい積もり、葉が雪の重みをもろに受け止めたことで、棚がすべて倒れました。」
組合に招集がかかる。皆が呆然とする中、当時の和泉組合長が口を開いた。
“もう一度、頑張ろう”
このひと言が沈鬱な空気を一掃し、みんなの気持ちを動かした。幸いにも雪はほとんど溶け、小康状態が続いていた。2週間かけて棚を起こし、春まで保つ状態にした。「組合長のひと言がなければ、今の大森はない。あの人は偉大です。これでまたブドウが作れるって、皆が安堵した。」
シャトー・メルシャンの称号、そして世界へ
大森地区のリースリングに可能性を感じたメルシャンブランドマネージャーはシャトー・メルシャン栽培担当に対し、さらに品質を上げる方法を依頼。2007年に収量制限を行い、原料として初めてシャトー・メルシャンを冠するワインを造ることとなった。雨の影響を軽減するため、2008年には笠かけ、2011年には袋かけを実施、さらに2012年には雨除けとして棚をビニールハウスで覆い、遅摘みを実行。1週間〜10日ほど収穫を遅らせ、熟度を上げ、2014年には17度から18度という過去に例のない糖度を実現した。
こうした努力が実を結び、2010年、「シャトー・メルシャン 大森リースリング2008」が発売、2012年には、「シャトー・メルシャン 大森リースリング2010」がジャパン・ワイン・チャレンジで金賞を受賞した。大森地区はまさに実りの時を迎えていた。「栽培農家にとっては、シャトー・メルシャンの称号をいただけるのは名誉なこと。本当に苦労して育てたものですから、嬉しかった。」
だが、それで終わりではなかった。2013年には、「シャトー・メルシャン 大森リースリング2007」が世界的に名高いワイン専門誌「ワイン・スペクテイター」で89点(100ポイント採点法)という高得点を獲得、高い評価を受けるなど、大森の名は一躍、世界に知られることとなる。
次を継ぐものへ
世界にその名を馳せてなお続く、終わりのない挑戦。ブドウに関しては、これでいいということはない、という。「常に挑戦です。完熟に近い状態で出荷できるよう、今度は小木仕立てで木を小さくし、負担をかけずに熟度や品質を上げる試みに挑戦したい。ただ、私も含めて栽培農家は高齢なので、後継者の育成が必要です。私たちは苦労したので、若い人にはもう少し省力化した管理方法を伝えたいと思っています。息子と一緒に50a程の新しい棚を設けて、省力管理の方法で栽培します。これまでの経験を踏まえて、最良の方法を模索しています。」
朝早くから夜遅くまで、家と果樹園を往復した35年。「何一つ知らないところからスタートして、わからないことは徹底して聞き、研修にも行った。そうやって自分の知見を蓄えてきたので、思えば、自分の人生そのもの。この土地に根ざしたワインがあるのは嬉しいことですし、昔は想像もできなかった。人様に喜んでもらえるものを栽培できるのは、何よりです。」
ファーストビンテージの発売から30周年を迎えた、大森地区。父親の世代が培ってきた栽培の知恵や経験を受け継ぎながら、今、次を担う若手が育っている。上の世代に敬意を払いながらも、新しい手法を探る者、収穫量を増やし、大森のワインを多くの人に届けようとする者、栽培家として自らの名前を歴史に刻みたいと願う者、それぞれが目指すものに差異はあっても、大森のリースリングと、そこから生まれるワインをこよなく愛し、一人でも多くの人に届けたいと願う、その想いは時代を超えて受け継がれている。
【VOICE〜若手栽培農家の声】
栽培に携わって、10年。父親の上の世代もまだ現役の中、若手は皆、見よう見まねでやってきた。「僕らはまだひよっこです。天候や環境に左右されるブドウに対する気の配り方は、何十年も経験を積んだ人とは違う。父は毎年言うことが変わります。昨年はよくても、その作業が今年もいいかというと、違う。最近は、それが農作業だと思えるようになりました。」
大森のワインを一人でも多くの人に飲んでもらいたい、その想いは皆同じ。でも、アプローチの仕方は、それぞれ異なる。
「大森のワインをいろいろな人に飲んでほしい。それにはブドウの収穫量を増やす必要がある。栽培面積を広げていきたいと思います。」
「私はタイトルを獲りたいですね。生産者として自分の名前を歴史に刻む。そうやって大森の知名度を上げることで、お客さんがついてくると思います。」
「一人でも多くの人に飲んでもらうには、我々を含めて、これからの後継者がどれだけ頑張れるか。そこにかかっていると思います。」
ブドウ造りは1年に一度。その限られた期間の中で、経験を積み重ねていく。継承する知恵と、自らの経験で掴み取る感覚知。大森地区の未来は、父親の背中を見て育った若手栽培農家の手に委ねられている。
Makers アーカイブ
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はじめにブドウありき、ブドウのもつポテンシャルを表現する。
製造部長 チーフ・ワインメーカー
安蔵 光弘
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大森ワインぶどう生産組合
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ゼネラル・マネージャー
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シャトー・メルシャン
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椀子(マリコ)ヴィンヤード
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