Makers
Vol.4栽培農家 佐藤 明夫/栽培農家 吉原 健
北信の風土が育む、ブドウの個性。そこに込められた、栽培家の魂の日々。
ワインとは、ブドウを育む大地の個性と栽培農家が込めた思いが一体となって、新たな味わいと香りをまとった個性として形づくられるものである。
数々の受賞暦を誇る「北信シャルドネ」を生み出すブドウの名産地として知られる、北信地区。長野県北部、千曲川を挟んだ右岸と左岸にブドウ畑が点在するこの地は、両岸の土壌がそれぞれ個性の異なる味わいのブドウを育む。長年、ワインブドウの栽培に取り組み、右岸と左岸それぞれの地に根を張り、独自のこだわりと熱意を持って、ブドウと向き合ってきた二人の栽培家に、自身のブドウづくりとワインに込めた想いを聞いた。
北信地区/右岸 栽培農家
佐藤 明夫
千曲川の支流・松川が東西に流れる、高山村。西の平野に広がる松川扇状地は、土壌が果樹栽培に適していることから、高品質のワイン醸造用ブドウの産地として名高い。この地に生まれ、物心ついた頃から父を手伝い、20年以上にわたり、ブドウ栽培と向き合ってきた佐藤明夫氏。この地を国内有数のシャルドネの産地として育んできた栽培家の一人であり、自身の名を冠したワインのみならず、生ハムづくりも手がけるなど、ワインと食のあり方を見つめ、常に新たな可能性に挑んでいる。
味と香りに力強さが出る、その理由
千曲川の右岸は、砂礫質の土壌がミネラルを感じさせる味わい豊かなブドウを育む土地だという。「石がごろごろしていて、表土はわずか10センチ程度。そこから下は砂礫なので、水はけがよく、雨が降っても畑に水が溜まることはありません。そういう土壌でブドウを栽培すると、乾燥などのストレスに耐えてきたことで、味や香りに力強さが出ます。」
酸味を落として糖度を高くする生食用ブドウに対し、ワイン醸造用品種は粒を小さくし、酸味と糖度を高くする。「醸造用ブドウも食べて美味しいですが、醸造でさらに美味しくなる。加工によって味が変化するのです。生食用ブドウでは、こういう味わいは出ません。」
気候と土壌が育む、ブドウの味わい
味の変化は、気候や土壌で変わる。「去年がよくても、二度と同じにはできません。同じことをしていても、気候の変化でその年の味ができる。ここのシャルドネはナッティでスモーキーなフレーバーがありますが、そこにその年の特徴が加わるのです。ブドウは1年に1回しか獲れない。10年やっても10回。だから思ったことはやる。あと何回トライできるか、常に考えます。」
醸造との信頼から生まれるもの
10年前、父から独立。ヨーロッパには、なぜ多様な個性のワインがあるのか、その問いを突き詰めながら、畑ごとに小ロットで仕込み分けする方法を模索しながら栽培を開始した。自身が100%決定する立場となり、自分なりのスタイルでメルシャンと関われるようになった。自身が手がけたブドウで仕込み、自らの名を冠したオリジナルワイン「キュヴェ・アキオ(※)」も、その関係性と信頼があったからこそ生まれた。「僕自身、ワインが好きですし、ワインをイメージしながら栽培しなければ、醸造の人と会話できません。今は、“こういうブドウをつくるから、こんなワインにしようよ”というと、醸造がそれに応えてくれます。“明夫さんが言っていたこと、ぜんぶやっておきましたからね”って(笑)。こうした信頼関係があるからこそ、“キュヴェ・アキオ”が生まれたのです。」
※キュヴェ・アキオ/「長野シャルドネ」と「長野ピノ・ノワール」で醸造した佐藤さんオリジナルのワイン。「キュヴェ・アキオ」と佐藤さんの名が冠されている。ワイナリーにて限定販売。
証明された、ミッドナイトハーベストの効果
夜中から明け方にかけて収穫するミッドナイトハーベストにトライしたのも、醸造との会話がきっかけ。真夜中に収穫したブドウは香りがいいといわれていたが、その理由は解明されていなかった。「実際に試し、メルシャンで分析してもらったら、科学的根拠があることがわかりました。ブドウは日中の光合成でフルに活動するので、夜は休む。この時、昼間蓄えた養分を実に戻すんです。日中に枝を切っても樹液は出ませんが、夜中だと樹液が滲み出てくる。玉も張りがあって瑞々しい。これなのか、という実感がありました。特に証明されたのが香り成分。夜中の収穫だと成分が蓄積され、仕込んだ時に、それがいい香りとなって出てくるのです。」
土地と造り手の個性、それこそがワインの魅力
畑、造り手、産地、土壌、そのすべてを語れるのがワイン。「ワインは果汁100%で農産物。特別な存在なんです。だからこそ、その土地と造り手の個性が出る。そこがワインの魅力で、多くの人が魅了される理由でしょう。僕は今、ピノ・ノワールに取り憑かれています。何とか自分の手で成功させたい。日本であれば、こういうピノだろうというイメージはある。でも、安定した栽培ができるまでには、まだまだ経験が必要です。ピノは永遠のテーマですね。」
食文化としてのワインを求めて
フレンチ、イタリアン、スペイン料理など、今は、世界の食が楽しめる時代。ゆえに、ワインにのめり込めば、食まで考えざるを得ない。「本来、食あってのワイン。食を含めてワインをイメージできる人が増えれば、日本のワインはもっとレベルアップするはずです。生ハムづくりを手がけたのも、そこに理由があります。いずれは、この地をワインの産地にしたい。ワインを軸に、いろいろな農産物と絡めながら、生ハムやチーズも含めて、ワイン好きが楽しめる場所にする。もちろん世界から来てほしいし、農業を通じて文化を広げていきたいんです。」 答えのない世界。答えが出たとしても、また次の解を求める挑戦が続く。ワインに魅了された栽培家にゴールはない。